2006年10月19日

●憧れの大大阪 堺筋の時代

生駒時計店
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あまり知られていないが、北船場は近代建築が集中する、国内でも有数のエリアである。市電敷設による堺筋の拡幅(明治45年)から御堂筋の開通(昭和12年)にかけて、市勢が急拡大した四半世紀は、堺筋が最も輝いた時代であり、今も当時を彷彿とさせるビルが多く残されている。生駒ビルヂングは宗兵蔵の設計、大林組の施工で昭和5年に竣工した。



高麗橋野村ビル

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あまり知られていないが、北船場は近代建築が集中する、国内でも有数のエリアである。市電敷設による堺筋の拡幅(明治45年)から御堂筋の開通(昭和12年)にかけて、市勢が急拡大した四半世紀は、堺筋が最も輝いた時代であり、今も当時を彷彿とさせるビルが多く残されている。高麗橋野村ビルは安井武雄の設計、大林組の施工で昭和2年に竣工した。



小西儀助商店
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あまり知られていないが、北船場は近代建築が集中する、国内でも有数のエリアである。市電敷設による堺筋の拡幅(明治45年)から御堂筋の開通(昭和12年)にかけて、市勢が急拡大した四半世紀は、堺筋が最も輝いた時代であり、今も当時を彷彿とさせるビルが多く残されている。小西儀助商店は明治38年に竣工した。(設計・施工不詳)



旧三井銀行大阪支店
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あまり知られていないが、北船場は近代建築が集中する、国内でも有数のエリアである。市電敷設による堺筋の拡幅(明治45年)から御堂筋の開通(昭和12年)にかけて、市勢が急拡大した四半世紀は、堺筋が最も輝いた時代であり、今も当時を彷彿とさせるビルが多く残されている。旧三井銀行大阪支店は曽示爾中条建築事務所の設計、竹中工務店の施工で、昭和11年に竣工した。



新井ビル
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あまり知られていないが、北船場は近代建築が集中する、国内でも有数のエリアである。市電敷設による堺筋の拡幅(明治45年)から御堂筋の開通(昭和12年)にかけて、市勢が急拡大した四半世紀は、堺筋が最も輝いた時代であり、今も当時を彷彿とさせるビルが多く残されている。新井ビルは河合浩蔵の設計で、大正11年に竣工した。



旧大阪証券取引所
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あまり知られていないが、北船場は近代建築が集中する、国内でも有数のエリアである。市電敷設による堺筋の拡幅(明治45年)から御堂筋の開通(昭和12年)にかけて、市勢が急拡大した四半世紀は、堺筋が最も輝いた時代であり、今も当時を彷彿とさせるビルが多く残されている。旧大阪証券取引所ビルは長谷部竹腰建築事務所の設計、大林組の施工で昭和10年に竣工した。



三越百貨店

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あまり知られていないが、北船場は近代建築が集中する、国内でも有数のエリアである。市電敷設による堺筋の拡幅(明治45年)から御堂筋の開通(昭和12年)にかけて、市勢が急拡大した四半世紀は、堺筋が最も輝いた時代であり、今も当時を彷彿とさせるビルが多く残されている。三越百貨店大阪店は横川工務所の設計で大正6年に竣工した。
UPする日を間違ってましたので、出直してきました m(__)m


posted by Unknown Soldier at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) |  大阪は絵になるやろか展 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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